事の終りはその初めよりも良い”
伝道の書 7:8
さて、今日はNerd in the Word Ministriesの立ち上げの日です。私は約3か月間、このプロジェクトに静かに取り組んできました。すべてはペンサコーラ・クリスチャン・カレッジ(Pensacola Christian College)の昼食のテーブルから始まりました。
私のテーブルに座る人たちは、私がヘブル人への手紙の詳しい学びに多くの時間を費やし(ちなみに素晴らしい書です。良いことがたくさん詰まっています)、それをテーブルで分かち合っていたことを知っています。そんなある日、時々私のテーブルに座っていた人がこう言いました。「ザック、君のテーブルに来ると、いつもメッセージが用意されているのがすごくいいね。」私は笑いました。誰についてであれ、ましてや自分についてそんなことを言われるのはおかしなことだと思ったからです。彼は答えました。"いや、本当に。どうしてこういうことを人前で話さないの?なんでテーブルで話すだけなの?" "発表する場所がないんだ"と私が言うと、彼は"ネットに投稿したら?"と返しました。その瞬間、Nerd in the Wordが生まれたのです。ただ、私はまだそれに気づいていませんでした。とにかく、その考えが頭から離れなかったのです。
私はしばしば、ポストモダンの教会の姿勢に心を痛めています。教会は純粋であり続けたいという願いに満たされておらず、"教会の生活"と"個人の生活"という二つの別々の生活を送るのを好み、その二つはめったに交わらないように見えます。確かに、食事の前に祈ったり、「聖書が」ああ言っている、こう言っているからと子どもに何かをしないよう言ったりはするかもしれません。しかし、神が私たちを治め、動かしてくださるような生き方はしていません。私たちは聖霊のことを忘れています。正直に言えば、もう長いこと御霊の働きを感じていないからです。私たちは"聖い"生活ではなく"道徳的な"生活を選び、神が望まれるようには生きていません(このテーマについては後日あらためて)。そして目の前のこの世にあまりにも心を向けているので、自分たちが「地上では旅人であり寄留者である」と言うことも、信仰を持たない人が、私たちの望んでいるのは「もっと良い、天にあるふるさと」だと見て取ることもできないのです。そこで私は、何かを始めよう、Nerd in the Wordを始めようと決めました。
でも、新しいクリスチャンはどうだろう?と私は自問しました。彼らを置き去りにできるだろうか?いいえ、もちろんできません!彼らにもシリーズが必要です。そこで、基本的な教理についてのシリーズをやってはどうかと考えました。新しい信者がキリスト教とは何なのかを理解する助けになるでしょう。でも、なぜ新しいクリスチャンだけのためにするのでしょう?古くからの信者と新しい信者の両方のためにしてはどうでしょう?そこで私は、これを機会に、新しい信者だけでなく、救われてから長い年月がたつクリスチャンにも基本的な教理を明確にすることにしました。小さな教理上の誤りがどれほど多く私たちの思いに忍び込んでいるかを知ったら、驚かれることでしょう。(このシリーズは後に「The Gospel’s Five Words」[福音の五つのことば]になりました。)
そして最後に、"The Practice Sessions"があります。何らかの形で自分の歌を公開しようという、長年先延ばしにしてきた試みです。2014年にアルバムの録音に挑戦しましたが、望む品質にはどうしても届かなかったので、ちょっとした気の利いたアイデアを思いつきました。シリーズの名前を"The Practice Sessions"(練習セッション)にすれば、誰も最高の音質を期待しないはず!とてもシンプルでエレガント。こんなことを思いつくのにこれほど時間がかかったなんて信じられません。(このプロジェクトは将来いつか始める予定です。)
というわけで、これがNerd in the Wordの裏話の一部です。ここにたどり着くまでの道のりは長く、学び、デザインし、機材を買い、テストし、書き、撮影し、祈る長い時間、そして時間の都合で挙げきれないほど多くのことがありました。では、冒頭に掲げた聖句はこれとどう関係するのでしょうか。それは、「事の終りはその初めよりも良い」ということです。何か月にもわたる努力と計画の末に、ついにこのミニストリーを始められるのは本当に最高の気分です。立ち上げ準備を終えた今のわくわく感は、始めたときよりも大きいのです。そして皆さんに楽しんでいただけるコンテンツをもっとお届けするのが待ちきれません。でも心配しないでください。これはほんのはじまりにすぎません。ここからは良くなる一方です!


